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東京地方裁判所 昭和33年(特わ)267号 判決

被告人 金相祚

主文

被告人を懲役一年二月及び罰金五万円に処する。

右罰金を完納しないときは一日五百円の割合で換算した期間被告人を労役場に留置する。

理由

被告人は杉川昇、古屋五郎と共謀の上、文子こと蛭田千鶴子、通称すみ子、通称はるみ、通称洋子、久子こと石井久代との間に被告人等に於いて不特定の客を探して同女の売春の相手方となし、その対償を一定の割合にて分配することの約定をなし、同女等をして

(イ)  昭和三十三年五月二十七日頃より同年六月三日までの間被告人が借受け占有せる台東区浅草千束町二丁目二〇九番地酒井千代方の一室に、

(ロ)  同年六月四日より同月八日までの間被告人が借受け占有せる同区同町二丁目二一六番地白竜荘内の一室に、居住せしめ、その間約旨の如き方法で同女等に附近の旅館等に於て対償を受けて不特定の客と性交をさせ以つて、自己の占有する場所に同女等を居住せしめ、これに売春をさせることを業としたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

予備的訴因を採用した理由並弁護人の主張に対する判断

本位訴因は「昭和三十三年五月二十四日頃東京都台東区浅草新吉原花園通り所在の「バー春」において、石井久代との間に、同女をして被告人の抱え売春婦として不特定の男子を相手に売春させ、その対償は所謂ポン引代を差引いた残余を折半取得する旨を約し、以つて人に売春をさせることを内容とする契約をした」とあり、予備的訴因は「石井久代を昭和三十三年五月二十七日頃より同年六月三日までは台東区浅草千束町二丁目二〇九番地酒井千代方に、同年六月四日より同月八日頃までは同区同町二丁目二一六番地白竜荘方に住み込ませ、同女をして附近旅館等において不特定の客多数を相手方として性交させ、その対償の一部を取得し、以つて人を自己の指定する場所に居住させてこれに売春をさせることを業とした」とあり、弁護人は右酒井千代方及び白竜荘内の一室は被告人が借用占有していたものであるが該部屋は若衆や娼婦の一時的溜場としたものであるから居住せしめたものでないと主張する。

依つて按ずるに、売春防止法十二条は所謂娼家経営を処罰する規定であるが、本来娼家なるものは婦女を抱えこれに不特定の客を相手として性交をなさしめその対償を予め定めたる割合により配分取得することを業とするものであるが、本法施行前に於いては婦女に対し前借金を与えることやその管理様式を如何にするかということは、その婦女について個別的に定められていたのである。従つて、貧困にして金員の必要に迫られている婦女は前借を欲し所謂よき玉には娼家主において長く引留めておく為に多額の前借金を与えるのを例とし又その意に反して娼婦となされたものなど逃亡の虞あるものについてはその自由を極度に拘束し、自ら好んで娼婦となつたものなど逃亡の虞なきものについてはその自由を拘束せず「通い」をすら許していたのである。この前借金といい、婦女の管理様式といい、要は、娼家経営を支障なく継続する為に最良のものとしてなされていたのである。故に、本法十二条に「自己の占有し、若しくは管理する場所又は自己の指定する場所に居住させ」とある「居住」の意義も娼家経営の継続という観点から合目的的に解釈すべきものであるが本法施行後は公然と大資本を擁して娼家経営をなし得ないことと取締当局の追及を逃れることの為に、婦女を分散し且一ヶ所に定住せしめず移動せしめておき、遊客の求めに応じて何時でも娼婦を提供し得る態勢をとることは必然であるから、本法の「居住」とは一般社会生活のそれの如く「寝食をなす」ことと解すべきではなく、「何時でも遊客の求めに応じ得るよう娼家主の身近に居る」ことと解すべきである。人が生活上多種の活動をなし、その仕事毎に独立した本拠を有するが如く、娼婦も往古の如く籠の鳥的売春のみをなして居るとは限らず副次的に売春をなして生活の一助とし或は専ら売春により生計を樹てるも被扶養者を抱えて居ることなどよりして売春をなす時限以外は他所に居るものもあるのである。娼家主としては、常時手許におかずとも、売春をなし得る時限に、その婦女を把握すれば足るのであるから、出費の節減、取締への警戒等からして「通い」を許し、又は各自が外食をなし、娼家主の呼出を待つ「溜場」的形態をなすにいたるのである。本件に於ては、石井久代は「通い」として毎日午後六時半頃までに判示の場所に行き被告人等より引合わされる遊客を待ち、蛭田千鶴子外三名は各自外食し乍ら判示の場所に居り被告人等より引合わされる遊客を待つていたものであり、被告人の当法廷に於ける供述並前出古屋五郎、杉川昇の供述調書によれば、古屋と杉川は被告人の若衆として専ら客を娼婦に引合せることをなし、被告人は所謂繩張関係による外部よりの圧迫に対し折衝などして売春業の妨害を除いていたことが認められるから、単に娼婦が自らの都合で集る溜場ではなく、被告人が娼婦を管理する為の溜場であつたと認むべく、右五名はいずれも本法所定の「居住」をなしていたものと認むべきであつて、このことは石井久代が検事調書で「被告人がハウスを始めたといつたので、私を使つて頂戴といい、その約束をした」と供述していることよりも窺知し得るところである。

法律の適用

被告人の判示所為は売春防止法一二条刑法六〇条(罰金等臨時措置法二条一項)に該当するところ、被告人は昭和三十年一月二十八日東京地方裁判所に於いて覚せい剤取締法違反罪により懲役一年六月及び罰金二万円に処せられその頃右懲役刑の執行を終つたものであるから、刑法五六条五七条により右懲役刑に累犯の加重をなした上量刑すべきである。

弁護人は被告人は婦女を強制して売春をなさしめたものではなく、街娼達が遊客を得んとして被告人を利用したものに過ぎないからこれを酌量せらるべきであると主張する。本法三条は「何人も、売春をし、又はその相手方となつてはならない」と規定しているが、これは売春をなすこと、その相手方となることは「人としての尊厳を害する」が為である。性欲は動物の本能であるから、性交はその本能的欲求に基く行為としてのみ有意義であり、欲求の伴わない性交をなさしめることは極めて惨虐である。人をして労働を提供する物として取扱う奴隷が許されざるが如く、婦女を欲求満足の用具としその人格を否定する売春行為は人道の名に於いて禁ぜられなければならない。(この点において娼婦と妾とはその本質を異にする)従つて、娼家経営の本質的悪性は婦女を強制することではなく、本能に奉仕すべき性交を、対償を得る手段に供し、その人間性を否定することにあるというべきである。

本法一二条は娼家経営者を「十年以下の懲役及び三十万円以下の罰金」に処すべきものとなす。従つて、売春業を禁止せられた現在に於いて法網をくぐり秘かに娼家経営をなすところの最も悪質なる事態に右法定刑の最高を科すべきものであるから、この事態を想定し、それと本件とを比較するときは、被告人を懲役一年二月及び罰金五万円に処するを相当とする。而して該罰金不完納の場合の労役場留置期間については刑法一八条に則り主文第二項の如く定むべきである。

仍つて主文の如く判決する。

(裁判官 津田正良)

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